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東京高等裁判所 平成7年(う)219号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人小林彰、同高野泰夫共同作成名義の控訴趣意書に記載のとおりであり、これに対する答弁は、検察官奥眞祐作成名義の答弁書に記載のとおりであるから、これらを引用する。

所論は、原判決は、被告人が原判示各児童の使用者として、各児童を刑罰法令に触れる行為をなすおそれのある者に引き渡したと認定したが、被告人は原判示の各児童を使用する立場にあった者ではないのであり、したがって、右各児童が一八歳未満であることにつき何らの認識を有していなかった被告人の原判示各所為につき、児童福祉法六〇条二、三項、三四条一項七号に問擬した原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認ないし法令適用の誤りがあるというのである。

そこで、原審記録及び証拠物を調査検討するに、原審取調べにかかる関係各証拠を総合すると、被告人は、暴力団甲野組の組長であり、六、七名の組員を抱え新潟市内に組事務所を構えていた者であるが、当時右組事務所に寝泊まりしており、所持金も乏しくなっていた原判示の各児童(いずれも家出中の少女であり、当時右組事務所にいたAが連れてきていた者である。)から就職の世話を求められた際、近い将来配下の者がコンパニオンクラブを開業しようとしていたところから、いずれ右児童らを右コンパニオンクラブで稼働させたいと考えたが、それまでのつなぎとして、右児童らを懇意にしているスナック等で働かせることにより水商売に慣れさせ、接客マナー等を身につけさせようと考えたこと、そこで、被告人は、知合いのスナック経営者二名に対し、右児童らをホステスとして使ってくれるよう頼み込んで、右児童らを右スナック経営者らの許に連れてゆき、面接を受けさせ、賃金、勤務時間、賃金の支払方法などにつき自らも関与して右スナック経営者らとの打ち合わせを経たうえ、右児童らを右各スナックに雇用させることに話を決め、引き渡したこと、右児童らが、右各スナックに雇用され、稼働するようになってからも、被告人は、引き続き、右児童らを右組事務所に住み込ませ、食事も右組事務所で与えるようにしていたが、その食事代の名目で、右児童らをして、その受け取る日給の額にスライドする形で一日七五〇円ないし一五〇〇円を組事務所に支払わせていたこと、右各スナックへの就職斡旋に先立ち、被告人は、右各児童から、氏名、生年月日の他、親許の住所、電話番号を書かせたメモを提出させるなどしてその身上関係の把握に努めており、右児童らを右各スナックで働かせるにあたっては、その衣服や靴をあてがうとともに、右児童らが右各スナックに出勤する際には配下組員をして自動車で送らせており、右児童らが無断欠勤をした場合などには、きびしくその児童を叱責していたことなどの諸事実をそれぞれ認めることができる。

ところで、児童福祉法六〇条三項の「児童を使用する者」とは、当該児童との間に継続的な雇用関係ないし身分関係にある者に限られず、広く当該児童との間に、社会通念上その年齢確認を義務づけることが相当として是認されるだけの継続的な支配従属関係があると認められる者、いいかえると、その者が当該児童に心理的ないし経済的な影響を及ぼすことにより当該児童の意思決定を左右しうる立場にあると認められるような関係を有する者も含まれると解すべきである。本件についてこれをみると、被告人は、自己の支配する組事務所に寝泊まりさせていた右児童らの依頼に応じてスナックのホステスとして就業させることによって、右児童らに対し、その住居等を提供するのと引換えに、児童らがスナックから得る賃金のうちから一定の割合による金員を取得するという関係を築こうとしたもので、被告人が暴力団組長であり、児童らが家出により親の監護から完全に離脱した状態で、所持金も乏しく自活能力も極めて低い状態にあったという当時の客観的な状況にもかんがみると、被告人と右児童らとの間には、右にいう支配従属の関係があり、したがって、被告人が右条項における「児童を使用する者」に当たるというべきである。本件の場合、確かに、児童らは被告人が自らの手で組事務所に連れてきたわけではなく、スナックへのその就業も被告人が強制したものではなく、児童らの自発的な就業斡旋の依頼に応じたものにすぎないこと、組事務所における児童らの日常生活も、被告人やその配下組員の監視、干渉によりその行動の自由が奪われたり、制限されたりしていたわけではなく、また、親許との連絡についても、児童らには何らの制約も加えられていなかったこと、被告人が児童らから就業斡旋を依頼され、同女らを配下組員が近い将来開業しようとしていたコンパニオンクラブで働かせようと企図し、また、被告人が児童らから食事代の名目で日日金員を徴収していたことは前述のとおりではあるものの、被告人が児童らの労働によりそれ以上の経済的ないし社会的利益をむさぼろうとしていたことを認めるに足りる証拠はないことなどの諸事情があることは、いずれも所論の指摘するとおりではあるけれども、これらの所論指摘の諸事情は、右判断の妨げとなるものではない。なお、弁護人らは、(1)被告人が「児童を使用する者」に該当するかどうかは、被告人が本件児童らをスナック経営者に引渡したとされる平成五年四月七日あるいは一二日の時点及びそれ以前における被告人と本件児童らとの関係に則して判断すべき事柄であって、右時点の後の事実、すなわち、本件児童らをスナック経営者に引渡した後に被告人が本件児童らを組事務所に住み込ませ、衣服等をあてがい、また、本件児童らから食事代を徴したり、配下組員をして本件児童らを出勤の際自動車で送らせていたことなどは、被告人が「児童を使用する者」に当たるかどうかの判断において考慮に入れることは許されない事情というべきである、(2)原判決は、被告人は本件児童らをスナックに連れてゆき就職させたことやその際の状況をも、被告人が「児童を使用する者」に当たると判断した事情の一つとして指摘しているのであるが、被告人の右所為は、被告人が「児童を使用する者」に当たるとすれば児童福祉法六〇条二項、三四条一項七号に該当することとなる公訴事実そのものなのであって、かかる事実があるからといって、直ちに被告人が「児童を使用する者」に当たることになるべき筋合いはなく、原判決の右説示は論理的には背理といわざるを得ないなどと主張する。

まず、(1)の主張についていえば、被告人が「児童を使用する者」に当たるかどうかは、被告人が本件児童らをスナックの経営者に引渡した時点につき判断すべき事項であることは所論の主張するとおりというべきであるが、所論の指摘する、右引渡し直後における被告人の言動や被告人と本件児童らとの関係も、右引渡しの時点における被告人と本件児童らとの関係が前述のような支配従属関係を備えていたかどうかを窺わせる重要な間接事実に他ならず、その限度では考慮に入れてしかるべき事情というべきであり(原判決の説示するところも、まさにこのような趣旨と理解される。)、所論のようにこれらの事情は一切捨象して判断すべきであるとは到底いえない。(1)の主張は採用できない。

次に、(2)の主張についていえば、被告人が本件児童らをスナックに連れてゆき就職させたことやその際の被告人及び本件児童らの具体的行動なども、まさに被告人と本件児童らとの関係が前述のような支配従属関係を備えたものであるかどうかを判断する上での重要な一事情に該当することはいうまでもないところというべきであり、これを背理とみなくてはならない筋合いは毫もないといわなければならず、右主張もまた独自の見解に立脚したもので排斥を免れない。

弁護人らのその余の主張について判断するまでもなく、原判決のこの点に関する判断は正当であることは明らかであり、原判決には所論のような事実誤認も法令適用の誤りもない。所論は採用できず、論旨は理由がない。

よって、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小泉祐康 裁判官 日比幹夫 裁判官 西田眞基)

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